
今回は、フィフィは名古屋弁なまり?出身はどこの国で実家は?について詳しく解説していきます。
フィフィさんは、歯に衣着せぬ発言で知られる人気コメンテーターで、その話しぶりに「名古屋弁っぽい」「なまりがある」と感じた人も多いですよね。
見た目や出身国の印象より外国訛りを想像する人もおり、実は彼女の日本語は地元・名古屋の影響が強く表れています。
フィフィさんが頭の回転が速く、的確なコメントを発する背景に、異文化で育ちつつ日本語を吸収してきた独自の言語感覚があります。
フィフィさんがどこの国出身か、名古屋弁がどのように身についたか、さらに実家や家族との関係も気になるところです。
そこで、この記事は以下の事を解説します。
本記事の内容
- フィフィは名古屋弁なまり?
- フィフィの出身はどこの国?
- フィフィの実家は?
ぜひ最後まで読んでみて下さい。
フィフィは名古屋弁なまり?

フィフィさんの日本語は、確かに名古屋弁のなまりや抑揚が混じっています。
基本的に標準語の会話で、特に感情が高ぶった時や地元名古屋で配信をする時は、名古屋弁の特徴が顕著に現れます。
これは彼女が2歳で来日以降、約25年間を名古屋で過ごした結果、自然に身についた物です。
会話に名古屋弁が混じる理由
フィフィさんの日本語は名古屋弁がベースとなっており、標準語の会話もどこか抑揚に名古屋弁を感じさせます。
これは幼少期~青年期までを名古屋で過ごし、公立小学校・南山国際中学校・高校、そして中京大学まで、すべて名古屋の教育機関で学んだ為です。
言語習得において最も重要な時期である2歳~20代前半までを名古屋で暮らした事で、彼女の日本語の基盤は完全に名古屋弁になったのです。
動画配信等で特にテンションが上がった時やヒートアップした時は、名古屋弁が出てくる事が多くなります。
このように感情的になった際に地元の方言が出る事は、それが彼女にとって最も自然な話しぶりの証拠です。
名古屋弁とわかる具体例
フィフィさんは2012年にX(旧Twitter)で「なにやっとんのw うちらもこれくらいの名古屋弁でしゃべっとるかもしれがね。でら恥ずかしいがや。あんたも名古屋人だもんで名古屋弁もっと使わなかんに。アピールしてかな!」と投稿しています。
この投稿より、典型的な名古屋弁の特徴が多数です。
「〜やっとん」の進行形、「でら」の強調表現、「〜がや」の終助詞、「〜だもんで」の理由を示す表現、そして「〜なかん」の義務を表す言い回し等、名古屋弁独特の言葉が随所に使われています。
また、動画配信等で「〜だわ」「〜だで」といった語尾も頻繁に使用されており、名古屋で育った人にとって非常に親しみやすい話しぶりです。
本人は名古屋弁の自覚がある?
フィフィさん本人は自分が名古屋弁を話す事を十分に自覚しています。
彼女は「25年名古屋に住んだ為『ケンミンSHOW』に呼ばれてもいいくらい」と冗談めかして語っており、名古屋が第二の故郷で愛着を持っている事が伺えます。
自身のプロフィールの特技で「日本語(名古屋弁)」と明記しており、名古屋弁を自分のアイデンティティの一部と捉えているようです。
むしろ、名古屋弁である事を隠すのでなく、自分らしさで積極的に活かす姿勢が見られます。
フィフィの出身はどこの国?

フィフィさんはエジプト出身で、2歳の時に来日以来、人生のほとんどを日本で過ごしています。
その為、見た目はエジプト人で中身はほぼ日本人の独特のアイデンティティを持っています。
フィフィの国籍と生まれた場所
フィフィさんは1976年2月22日にエジプトの首都カイロで生まれました。
両親はどちらもエジプト人の為、日本に来た時はエジプト国籍で、現在は日本国籍です。
国籍の事は次の記事で詳しく解説しており、そちらをご覧頂くとよくわかりますよ。
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来日した理由と時期
フィフィさんの父親は研究の為、先に日本に来ており、その後母親が臨月の身体でフィフィさんと姉を連れて日本に来ました。
来日時期は1978年頃で、フィフィさんが2歳の時でした。
父親は日本の情報を何も持っておらず、言葉もまったく出来ずに来日した為、すごい苦労をしたといいます。
母親は臨月の身体で日本に着き、到着して1カ月で三女を出産したそうです。
つまり三姉妹のうち、長女とフィフィさん(次女)はエジプト生まれ、三女は日本生まれになります。
両親の国籍
フィフィさんの両親はいずれもエジプト人です。
父親はカイロ大学卒、工学系の技術者や大学教員で活躍していました。
母親は国際政治学の博士号を持ち、学術分野での活動を続けていました。
二人共日本語は来日後に習得し、異文化適応の為に努力を続けたそうです。
フィフィの実家は?

フィフィさんは名古屋で育ちましたが、具体的にどのエリアで暮らし、どのような家族構成だったのでしょうか。
また、両親の職業が彼女の成長にどう影響したかも興味深いポイントです。
名古屋のどのエリアで育った?
フィフィさんは名古屋の実家を数年前に売却しました。
家族が30年以上住んだ家で、具体的な住所や地区名は公表が無い反面、名古屋市内は確かです。
来日当初は大学生が住むような狭い安アパートに家族5人で暮らし、その後一戸建てに移ったと思われます。
南山国際中学校・高校に通った事より、その通学圏内の可能性が高いでしょう。
南山国際学校は名古屋市昭和区に位置し、周辺は住宅街と教育機関が多いエリアです。
名古屋市の公立学校に通っていた時期もある為、外国人が少なかった時代の名古屋市内の一般的な住宅地で育ったと考えられます。
実家の家族構成
フィフィさんは三姉妹の次女に生まれ、家族構成は、父親、母親、長女、フィフィさん(次女)、三女の5人家族です。
長女とフィフィさんはエジプト・カイロで生まれ、三女は母親が来日1カ月後に日本で生まれました。
姉妹3人は年齢が近く一緒に育った為、仲が良く長女と成人後も頻繁に旅行に行く等、親密な関係です。
妹(三女)は柔道エジプト代表の監督の専属通訳になり、両国の架け橋で活動しています。
姉妹それぞれがエジプトと日本の両方の文化を理解し、国際的な活躍は興味深いところです。
父親は2019年頃に他界し、現在は母親が存命で、エジプトと日本を行き来する生活を送っています。
両親の職業
フィフィさんの両親は二人共大学教員で、父親は工学博士、母親は国際政治学博士でした。
このような高学歴で知的な家庭環境が、フィフィさんの教育や価値観の形成に大きな影響を与えた事は間違い無いです。
父親はカイロ大学工学部を卒業し、エジプト国内で原子力発電所の建設に携わった技術者で、来日以降研究者で大学に所属しました。
母親は日本で国際政治の博士号を取得し、講演会やイベントの仕事をしていました。
両親共に日本語を習得し、専門分野で活躍しつつ3人の娘を育て上げたのです。
まとめ フィフィの名古屋弁なまりは育った場所が関係
今回は、フィフィは名古屋弁なまり?出身はどこの国で実家は?について解説しました。
フィフィさんが名古屋弁なまりで話す理由は、2歳の来日より約25年間を名古屋で過ごした為です。
どこの国出身かはエジプトで、来日までの期間をエジプトのカイロで生活していました。
両親は共にエジプト人の学者で、父親は工学博士、母親は国際政治学博士の高学歴の家庭で育ちました。
父親の研究のために家族で来日し、実家があった名古屋市内で30年以上生活し、現在は父親が他界した為、数年前に売却済みです。
名古屋弁の親しみやすい話しぶりと、多文化的視点を持つフィフィさんは、今後も独自の存在感を放ち続けるでしょう。
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